ダンベル

それは彼女が通信制高校に通っていた頃の事である。
朝は5時に起きて髪を洗い、夏でも冬でも冷水を30秒間浴びていた。見えなくなる視界をはっきりさせる事と、風邪を予防することを目的としていた。
また、毎日の筋トレも欠かさなかった。特にダンベルは日課として完全に定着していた。
彼女には夢があった。家族のために、何があろうとも高校を卒業して就職し、初任給の全額を親に渡す。優しくしてくれた祖母のために。お金が欲しい欲しいと子供のように泣き叫んだ母親のために。これが彼女の最大の夢だった。
夢を叶えるために、体調を整えて万全の状態で事に当たる。そのために毎日のトレーニングは必要だと思った。
そんなある日のこと、筋トレをしている彼女に向かって、父親が言った。
ダンベルなんて意味のないことをするな。早く卒業して金を稼げ。こっちの身にもなってみろ」
父親は自分の望みを伝えただけなのだろう。しかし、その言葉は逆効果だった。
父を失望させたと思いこんだ彼女は、前にも増して自分を責めるようになり、精神状態はますます悪化していった。
通信制高校では自宅で問題を解き、解答用紙を学校へ郵送する。しかし、問題用紙を見ると視界が真っ赤に染まり、何も見えなくなった。名前すら満足に書けなかった。どこにぶつければよいのか分からない怒りは全て自分に向けた。右手に握った筆記用具で左腕を何度も刺した。答案用紙は血で染まり、上から修正液で白く塗ってから提出した。
こんな状態では卒業できるわけがなかった。
学校側はこの状態に気がつかなかったのだろうか、と思ったが、学費が年間3万円ではその程度のサービスなのだろうか。この学費に関しても、父親から「金返せー、金返せー」と子供のようにはやし立てられたという。
ダンベルを否定された彼女は、自分が高校時代に筋トレをしていた記憶さえ封印してしまった。数年後、何かのきっかけで思い出し、今日に至る。