舞姫

そんな菊姫との出会いから、早4年。
ある晩、ある男から連絡が入る。
菊姫の一升瓶が2980円で売ってるぞ」
そんなまさか。何かの間違いだろう。そんな値段で手に入る酒ではないはずだ。
しかし興味はある。なにしろ自分の日本酒観を変えた酒が、お手ごろ価格で手に入るとしたら、こんな好期を逃すわけにはいかない。
もはや躊躇している場合ではない。早速その男とともに件の一升瓶をつかみ、一目散にレジへ。
酒に弱い自分が一升瓶など飲みきれたものではないから、その男にも分け与えるため、小瓶を買わせた。
その晩は、その男に酒を分け与え、その場で別れた。
しかし。
家に帰ってから飲んでみて、何かがおかしいと思った。
たしかにうまい。しかし、菊姫の魔力はこんなものではなかったはず。
いぶかしみつつ恐る恐る瓶を調べた。

正面のラベルは達筆で素人には何と書いてあるのか分からない。
しかし、瓶のふたにははっきりと『舞姫』と書いてあった。

実に失礼な話である。
この男には何度かこういう目に合わされている。
僕に対しても、間違えられた酒造に対しても失礼極まりない。
とはいえ、間に受ける自分にも落ち度がなかったとは言えない。

気を取りなおして、舞姫を味わう。
いくつか試してみたが、良く冷えた冷酒が個人的にはベストだった。
肴は魚、それもひらめのようなあっさりしたものではなく、血の匂いがするような少々癖のある魚が、舞姫の香りを引き立てる。
ホタテやイカも試してみたが、それほどでもなかった。しかし前出のアサリ汁を濃い目に作ると良く合う。
まだ残っているので、酸化せぬよう気を付けながら、ちびりちびりと飲んでいる。