涙は目から出そう

また一つ、うれしいことがある。患者さんがちゃんと泣くようになった。仕草も声も、普通の、ありふれた、何の変哲もない泣き方ができるようになった。
以前は泣くことはなかった。泣くはずの場面では鬼のような形相をしていた。まれに感極まった場合は目から涙が出ず、鼻水ばかりが出ており、そのたびに「私って涙が出ないんです。代わりに鼻水が出るんですよ」と言っていた。
どういうことか。
小学生の頃、彼女は自分自身に泣くことを禁じた。どのような暴力のさなかでも泣かない人間になろうと決心し、鍛錬の結果、目から涙は出なくなった。しかし心は壊れていた。姿形は人間だが、中身は別の何かに変わっていた。何かおぞましい事件が起きても不思議ではなかった。
それが今や、ちゃんと目から涙を流すようになってくれた。泣くときの表情もありふれた物に変わってきた。それにつれて奇行が大幅に減ったので、おかげで今ではずいぶん楽をさせてもらっている。
世の中には事情があって泣けない人もいると思う。しかしそれを長く続けることは危険なことかもしれない。皆様が泣きたいときには泣けますように、そして、できることなら泣かずに済みますように。と、誰も泣かないような映画で簡単に泣いてしまう自分は思うのだった。