となりのサイコさん

数ある中から一枚

今日も内縁の妻(最強の患者)が取り乱す。
ホットケーキを焼こうとして失敗したのが事の発端。何百あるか分からないトラウマのひとつにホットケーキも入っていたようだ。
出来栄えを見に行くと、真っ黒なホットケーキが積み上がっていた。
今日こそは完璧に焼き上げて積年の恨みを晴らすつもりだったらしいが、恨みが強すぎるゆえに火加減を誤ったらしい。「ちゃんと弱火で焼いたのに」と本人は強く主張するが、フライパンから蒸発した油が白い煙となって勢い良く舞い上がっているのを見たのは僕の錯覚では無かろう。
取り乱した主因は非常に分かりにくいもので、要約すると「失敗を見せるにも心の準備が必要なのに、いきなり見られてしまった」ということらしい。これはこちらのデリカシーが足りなかったということか。今後の参考のためにも記録を残しておこう。
さて、いつものごとく、ここから錯乱タイムが始まる。
彼女は、本人は否定するが、根が真面目すぎるタイプで、起こる問題はすべて「自分が悪い」ということにしてしまう。そこには筋道の通った理屈など存在せず、ただ「すべて自分が悪い」という絶対不動の価値観のみが脳内を支配している。そして彼女は、取り乱すことによって周囲に迷惑をかけないように、なんとか自分を押さえつけようとする。
しかし、積年の鬱屈を気力だけで押さえつけるには無理がある。脳内で溢れ返る怒涛の怨念を表に出さないために、シャープペンシルで左腕を刺したり引っかいたりする。時には顔面もその対象となる。今日は尖った物が近くになかったので、自分の爪で左腕を思い切りつねっていた。シャープペンシルほど深い傷ではないが、少なくとも5日は消えそうにない。皮膚が裂ける寸前である。
さらに、興奮しすぎて過呼吸に陥ると、過呼吸を止めようとして首を締め始めた。のけぞり、叫び、吐きそうになりながら、それでも首を締めつづける。
泣き叫びながら「見られちゃった・・・今日見せたのが初めてよ」と言う。僕がいないときに何度もやっているらしい。
過呼吸を止めるために首を締めることもないだろうと思うのだが、やはりそこにも理由があった。小さい頃に泣いて過呼吸に陥ったときに、「こんなわがままな子どもは恥ずかしい」と言われ、その結果「過呼吸が止まらない=わがまま、ダメ人間」という短絡思考が生まれ、現在に至るらしい。
取り乱す→興奮して過呼吸が始まる→過呼吸はダメ人間→さらに興奮する→過呼吸が止まらない→過呼吸を止めるために首を締める→でも止まらない→ダメ人間→さらに興奮する→過呼吸がひどくなる→止めるために首を締める→でも止まらない→ダメ人間
という無限ループに陥り、それは1時間続いた。
そんなわけで、午後3時から楽しいティータイムのはずが、2時間に渡るノンフィクションサイコホラー映画となってしまった。
正直、疲れるのだが、まあ、いつものことである。
いつも対処に追われるばかりで記録を残してこなかったので、せっかく日記も書き始めたことだし、ここに記しておこうと思う。